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■動画
http://www.youtube.com/watch?v=no1VM891p80


■サイゾー
ビートたけしがタモリに送った「表彰状」全文
http://www.cyzo.com/2014/03/post_16667.html
 じょうひょう……あ、表彰状、タモリ殿。長らく『笑っていいとも!』の司会を務めてきたタモリさんに、私から表彰状を贈りたいと思います。ちなみにこの表彰状は、すべてゴーストライターが書いたものです。私とは一切、関係のないことをご了承ください。本日は、32年間続いた国民的長寿番組『笑っていいとも!』の最終回という晴れの日に、社会的人気映画監督であり、高額納税者タレントでもあり、さらに総理大臣にしたい男5年連続ナンバーワン、上司にしたい男3年連続ナンバーワンという、人気と実力を兼ね備えた超一流タレントである私を呼んでいただき、誠にありがとうございます。

 私は、『笑っていいとも!』で1983年2月、理屈ばっかり言っていた田中康夫が気に入らず、生放送中に乱入し、首を締め上げた。その結果、翌日のスポーツ新聞に「たけし、心身症」と書かれたことは、今となってはいい思い出です。

 いいとも青年隊を忘れるわけにはいきません。かつて女を騙し、金をせしめ、恐喝で訴えられたH賀研二さん、パチンコでマンションを買ったといばっていたK保田篤さん、未だ『世界(ふしぎ)発見』でしか姿を見ることのないN村真さん、いいとも青年隊卒業後、ホームレスになったK田健作さん、そしてまったく売れなかった、萩本欽一さんのところのあさりど、などなど、数々の一流タレントを輩出したことを忘れてはいけません。

 そして、なんといってもこの番組の名物コーナーであるテレホンショッキング、友達を紹介するという名のもと、いきなり電話をして、出演をお願いするという斬新な企画でありました。しかしながら、女優の矢田亜希子さんが、大竹しのぶさんを友達として紹介した時、思わず「はじめまして」と言ったその日、それを聞いた時、私はショックのあまり耳が聞こえなくなりました。そしてまた、得意の作曲活動を諦めなければいけない事態に陥ってしまいました。改めて芸能界というのは、ヤラセの世界だなあと痛感した次第でございます。

 そして、『笑っていいとも!』を語る上で、32年間の間、初めて新宿に来た田舎者を相手に何もやらず、間抜けな芸人に進行を任せてきたタモリさんに触れないわけにはいきません。かつてあなたは、ヘルスの呼び込み、オレオレ詐欺の出し子、パチンコ屋のサクラ、フィリピン人との偽装結婚の斡旋などを経て、芸能界に入り、イグアナの形態模写、四カ国語麻雀、意味不明なハナモゲラなどの卓越した芸で、一部の似非インテリの集団から熱狂的な支持を受け、あれよあれよという間に、国民的人気番組の司会者まで上りつめました。しかし、そんな『笑っていいとも!』も、今日をもって終わってしまうのかと思うと、私としては残念でありません。ただ明日からは、O倉智昭さんの『被っていいとも!』という番組が始まると知った時、私はその時思わず、聞こえなかった耳が回復し、今では聞こえるようになりました。新垣さんとの一度壊れた友情も復活し、今では2人で元気に作曲活動に勤しんでおります。ですからタモリさんも、なんの心配もすることなく、二流とも三流ともつかない芸人しか出ないと言われている『タモリ倶楽部』に全精力を注いで、頑張っていただきたい!

2014年3月31日 『A女E女』復活を望む会会長・イジリー北野

「笑っていいとも!」最後のテレフォン たけしが仰天打ち明け話
http://news.livedoor.com/article/detail/8686556/
 1982年10月4日から始まったフジテレビ系お昼の国民的バラエティー番組「笑っていいとも!」が31日、最終回となる8054回の放送を迎え、番組開始の日から続いてきた名物コーナーのテレフォンショッキングも32年の歴史に幕を閉じた。その最後に、タモリ、明石家さんまとともにお笑い御三家と言われるビートたけしが登場した。

 ちなみに1982年10月4日の第1回放送でテレフォンショッキングに登場したのは歌手の桜田淳子だった。

 羽織、袴姿で登場したたけしは、やおら巻紙を取りだして「今日は表彰状を」と読み始めた。

 「永らく笑っていいともの司会を務めてきたタモリさんに私から表彰状を贈ります。すべてゴーストライターが書いたもので私とはいっさい関係がございません」と断ってから…。

 「人気映画監督であり、高額納税者で5年連続総理にしたい男ナンバーワン、3年連続上司にしたい人ナンバーワン…」と延々と自画自賛を続け、タモリをあきれさせた。

 表彰状を読み終えると、今度は「青山葬儀所割引券」「紙おむつ1年分」「多磨霊園永大供養券」などの記念品目録を持ち出し、またタモリを驚かせた。

 やっとトークが始まって最初の話題は、いいともの前番組「笑ってる場合ですよ」にたけしが出ていたことに。そこでたけしが、「いいとも!」の司会として「オレにも話がきたんだよ」と打ち明けてタモリを「ええーッ!」と仰天させた。

 たけしの事務所が「月-金あいつが行くわけないじゃないか」と返事したのに、フジテレビも「あっ、そうですね」とあっさり依頼を取り下げたのだという。

 「タモリさんかオレかさんまかで、オレは『あっ、そうですか』で終わったらしいよ」とたけしはあっさりと片付けた。

 トークの最後には、もう1人の大物が電話で登場した。

 たけしが「明日の友達を」と生野陽子アナに電話番号が書かれた紙を渡し、つながった電話で出てきたのは、お笑い御三家の最後の1人、明石家さんま。タモリが32年間続いた決まり文句「明日いいかな」を口にすると、さんまも「いいとも!」と返してテレフォンショッキングが閉幕した。

 たけしはこの日午前10時32分、赤いジャケットにサングラス姿でスタジオ入り。警備員が通行者やファンを制止する声が飛び交い騒然とするひと幕もあった。

 昨年10月22日に番組終了が発表されて以来、テレフォンショッキングに最後に登場するのは誰かが注目され、タモリの永遠の憧れの人、女優の吉永小百合が取りざたされたが、映画撮影中の吉永は時間的な都合で、31日夜8時から放送される「笑っていいとも!グランドフィナーレ 感謝の特大号」の中でタモリをねぎらうこととなった。












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タモリ伝 森田一義も知らない「何者にもなりたくなかった男」タモリの実像 (コア新書)
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